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新聞資訊
日語文學翻譯---算卦與看手相
編輯:北京譯海騰飛翻譯公司   發布時間:2019-05-29

自分が、易や手相のことを書くと笑う人がいるかも知れないが、自分が一生に一度見て貰った手相は、実によく適中した。 それは、時事新報社の記者をしている頃だった、久米が二十七歳前のことだから、十年近い昔である。久米と芥川と僕とで、晩食を共にした後でもあったろうか、湯島天神の境內を通るとき、彼処に出ている一人の易者に冗談半分に見て貰ったのである。むろん諸君も想像する通り、芥川だけは見て貰わなかった。私の手相の判斷は、実によかった。私が三十を越してから、栄達し、一群の人の上に立つことを云い、金銭に不自由しないことを云い、その他身上に起る二三の事実を指摘した。當時貧乏でまだ文壇に出ることなどは、夢にも思っていなかった私は、悪いよりも良い判斷を歡んだが、私が栄達するとか、金に不自由しなくなるなどとは、夢にも思っていなかった。それが、十年後の今日に、此の手相見の言葉が悉く適中したと云ってもいゝだろう。身上に起った事変なども、手相見の云う通りであった。 久米に対する判斷も、性格技能を語る點では実によく適中した。たゞそのときは、二十七歳前の久米を、三十七歳前だと、見誤ったためすっかり我々の信用を害い、我々はその他の判斷まで、馬鹿にしてしまったが、私に対する判斷は実に悉く適中した。つい先頃も、久米に逢ったとき彼は『あのとき君の手相はよく當った』と、三嘆したほどである。 私は、此頃になって、手相があんなにまで當るものなら、尐し學びたいとも思っている。茫漠たる人生の行路を思うとき、自分自身の運命について、おぼろげながらも知りたいと云う気がしている。先日も、岡栄一郎が座興に手相を見るのを見て、いよいよ手相を學びたいと思った。岡は、手相について多くを知らないが、その尐しを學生時代の友人から學んだと云っている。その友人は、手相を専門に研究していたが、ある日自分の掌に肉親に不幸があるという兇相が現われたのである。駭いて帰郷の支度をしているとき、彼自身が喀血して死んだと云うのである。掌中の兇相は自分自身の身上であったことに気がつかなかったのである。その友人の死床に侍したと云う、岡の口からきけば、可なり凄壯な話である。私は、岡から、その話を聞いた翌日、たま/\その月の『文章倶楽部』を読むと、木村毅君の『手相』と云う小説が載っているので、読んで見ると作者即為人公が頗る手相學者なので、私は渡りに舟と未知の木村君に速達を出して、手相を教えてほしいと頼んだ。ところが、木村君の返事が、頗る心細いもので大に失望した。人間の運命が、掌中の紋様に現われるなど云うことは考えられないことであるが、しかし人間の身體についているものだけに、まだ易などよりは、信じられる。殊に私自身手相が當っているので手相が相當信じられるような気がするのである。 易は、私は一度見て貰った。それは數年前、郵便貯金の通帳を失くしたときである。三百何円しか金額はなかった。私は數日家中を探したがないので、面白半分に易者に見て貰った。二人見て貰った。

我寫算卦和看手相,也許會被人恥笑吧,我一生中只看過一回手相,卻應驗了。 

那時我在時事新報社做記者,久米還不到二十七歲,所以差不多是十年前的事了。記得那是在久米、芥川和我一同吃過晚飯后吧,經過湯島天神的院內時,半開玩笑地請那里一位算命先生看了看。當然如同諸君所想像的那樣,只有芥川沒請他看。算命先生說我的手相很好。我過了三十歲便會功名榮達,立于人上,財源茂盛云云。另外還指出了兩三件將要發生在我身上的事。當時我生活貧苦,做夢也沒有想過要登上文壇,更樂意聽到好的卦辭,但是功名榮達,財源茂盛這些卻做夢也沒想過。然而,在十年后的今天,可以說這位算命先生的話都一一應驗了。發生在我身上的事也正如他所說的那樣發生了。 

久米的卦辭,性格和技能方面說得非常準確。只是當時他把不滿二十七歲的久米誤看作不滿三十七歲,這完全打破了我們對他的信任,于是我們對其它的卦辭也不屑一顧了,但是對我的卦辭確是應驗了。前些天遇到久米,他仍舊感嘆道:“那時候你的手相算得真準!” 

近些日子,我想,要是手相那樣靈驗,自己也學學看。想到茫茫然的人生旅途時,不由得恍恍惚惚想知道自己的命運來。前幾天,我見到岡榮一郎即興給別人看手相,越發想學手相了。岡說他對手相知道的并不多,這些是從學生時代的友人那里學來的。那位友人專門研究手相,有一天自己的手掌中現出親人將遭遇不幸的兇相來。驚惶失措準備回家鄉的時候,他自己卻吐血身亡了。他沒有意識到手掌中的兇相正是自身的征兆。這件事從曾為友人守靈的岡口中聽來異常悲凄。在岡說了那件事的第二天,我在看當月的《文章俱樂部》時,無意中看到上面登載了木村毅君的名為《手相》的小說,仔細一讀,原來作者,即主人公,是位造詣很深的手相學者,真是及時雨!我給未曾謀面的木村君寄去了快信,請求他教我看手相。然而,木村君毫無自信的回信讓我大失所望。他說他不認為人的命運能夠在掌紋上顯現出來,只是掌紋存在于人身上,比起算卦之類要可信一些。我自己的手相應驗了,所以才會覺得手相如此可信。 

卦,我請人算過一回。那是幾年前弄丟了郵政儲蓄存折的時候。不過三百多元的金額。我在家中找了幾天也沒找到,于是半開玩笑地請算命先生算卦。

(轉載)

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